mission

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via:weheartit.com





今日はですねえ、人によっては、とってもアレルギーを感じるお話をしに参りました。

何かと言うと「スピ」と呼ばれる部類のお話です。

なので、「わたしそういう話嫌い」と思う方は、すみやかに移動なさった方がいいと思います。


本題に入る前に、なぜこの話をしようと思ったのか、というところから。

コメント欄を閉じる1週間ほど前、とある方からメッセージをいただいたんですね。

その方のご職業はスピリチュアルカウンセラーで、コメント本文の中に

私の仕事は受け入れて下さる方・下さらない方がハッキリしている特殊なものですので、普段プライベートで自ら名乗り出たり、こうしてしゃしゃって話す事は余りないのですが、奈々さんは信じる信じないは別にして、受け入れては下さる方なのではないかと前々から感じており、どうしても伝えたくて書かせて頂きました。すみません。

ということわりを入れてらっしゃったんです。

このメッセージを拝見してからずっと、いつかこの話を書きたいなあと思っていました。

それに加えて、今までに何度か「奈々さんはスピをどう思いますか?」のようなコメントをいただいたこともあるので、それらの回答も絡めて、今回はお話しさせて頂こうかと思います。

というわけで、ここから、「人によってはアレルギーを感じる話」に参りますよ。


実を言うと、私の両親、そして祖母は、けっこう熱心な仏教徒なんです。

なので、私が生まれるよりも前から、我が家には当たり前に「仏壇」=「神様」があり、

お米が炊けたら一番最初に供えていたし、お土産をいただいたときも同じでした。

物心ついたときからその習慣があったので、私にもしっかり「神様」の存在が擦り込まれていて、

今でも、お腹が痛くなったら神様に懺悔するような、そんな33歳です。


かと言って、両親や祖母に比べると、私はそれほど信心深くはありませんでした。

なんだったら、思春期には、いえ、思春期を過ぎてもかなり嫌悪していたほどです。

というのは、「神様」の存在は誰しもの心の中にあるものだからいいけれど、

それを「組織」としてやったり、無理強いしたりされたり、カルトっぽく妄信していくのはすごくイヤだったんです。

これは、今でもそうです。

神様はいいけど、やっぱりカルトっぽい活動や、妄信すること、無理強いすること・されることは嫌だと思っています。



私が上京する時、母親から「お願いだから持っていって」と持たされたものがあります。

いったいなんだと思います?

なんと、仏壇です。

20歳ですよ。女子の一人暮らしですよ。


ちょwww 仏壇てwwww


って思いました。さすがに。(いや、思うだろう、それは)

母的には、自分の子どもを、九州から遠く離れた東京に送り出すのが、よほど心配だったんでしょうね。

だから、「お守り」として、高さ60cmに満たない小さな仏壇を用意したんです。

いやでもお守りだったら素直に(?)手の平サイズのお守りにしてもらえませんか!!w

って思いましたけどね、20歳の私は。w


一応、母なりの気遣いで、若い娘用(?)に、美容家電にありそうな、パールピンクの仏壇を選んできたんですけど

部屋の中にあると、その存在感がすごいんですよ。wwww

最初は母の気遣いだし…と思って置いていたんですが

そのメタリック感と近未来感から、来る友達来る友達に

「あれなに?空気清浄機?」

ていうか

「パナソニックのなに?」

みたいな感じで絶対聞かれるし、「えーと、これはね、、、ぶ、仏壇でね」って正直に答えたところで、言われた方も反応に困るじゃないですか。w

そういう、友達の「ギョッ」とする感も分かるし、お互いが気まずい思いをしないように、私は母に内緒で、クローゼットにしまうことにしたんです。


随分と長い間、しまいこんでいました。

しまいこんでた年数を、母に告白したらぶっ叩かれるんじゃないかっていうくらいに。w

だけど、2013年の冬、身辺整理でめちゃくちゃ断捨離に燃えていたある日、「ん?」と気付いたことがあるんですね。

クローゼットにしまいこんでる仏壇を見ても、「それを部屋に置くことが恥ずかしい」みたいなムスメ心が、もうとっくになくなっていたんです。

たぶん、30を過ぎたからだと思います。

何度も書いているけれど、30を過ぎると肥大していた自意識がゆっくりと縮小し始めて

あれやこれやとこだわっていたはずなのに、いったい何故それにこだわっていたのか、自分でもよく分からなくなってくる機会が増えるんです。今もその過渡期ですね。


そして2013年の断捨離期間中、

クローゼットの中に入れちゃってたりしたら、バチが当たるよな

と思い、その日から、きちんと部屋の中に置くようになったんです。


ただ、自分は良くても、やっぱり遊びにきた友達には「アレルギー」が起きるんじゃないか?というのは気になるところではありました。

ところがどっこい。

家にきた友達に

「あれなに?」

と尋ねられたある日

「おばあちゃん」

と答えると

「ちゃんとお水あげてる?喉かわいちゃうよ」

と言われたんです。

それだけじゃなく

「うちの実家だっていまだにご飯は一番最初に神棚に上げるし、お土産もらったときだって一番に供えるよ」

って言ってくれたり、親友の一人は、仏壇の前に座って鐘を鳴らし

「奈々のおばあちゃん、奈々に会わせてくれてありがとうございます」

なんて言って、手を合わせながら深々と頭を下げてくれたりもしました。

つまるところ、みんな、自然に受け入れてくれたんですね。


クローゼットから引っ張り出してきた当初は「ただ、出した」だけだったんですが、

友達の「ちゃんとお水上げてる?喉かわいちゃうよ」という言葉を聞いて、まだ一度も使ったことのなかった、桐箱入りの織部の湯呑みを出しました。

以来、仏壇周りを羽で払い、水をかえて手を合わせ、ロウソクをともして線香をあげるのが、私の日課になっています。


花を買えば手向けますし、果物を買えば供えます。寒い日であれば水じゃなくて白湯にしたりもしますし、炊いてる線香は「エステバン」です。w


ちょっと心配になって、一度母に尋ねました。

「『かたりべ』よりエステバンのほうがいい匂いだからと思ってエステバンにしてるんだけどいい?

 あ、あと、菊よりラナンキュラスとかの方が可愛いから、仏花は可愛い花にしてるんだけど、それって、怒られる?w」

と。

すると母は、

「いいとよいいとよ。奈々ちゃんがされたら嬉しいことをしなさい。それが伝わるから」

と言いました。

「え、じゃあ、白湯じゃなくてコーヒーいれたほうがいい?」

って一瞬チラつきましたが、いやそれはさすがにダメだろw と思ってやってないけど

「私がされたら嬉しいこと」をやるようになると

なんだか生活が「うまく」いっているような気がしたんです。


それは、今もそうです。

逆に言うと「あれ?なんか今日調子悪い…?」って思ったときには

「あ。水まだかえてなかった!」って気付いたり。

「げんかつぎ」な部分も大きいと思います。

だけど、30を過ぎると、

「ご先祖様を大事にする気持ち」

がむくむく芽生えてきたというか。



長く長くなってしまいましたが、何が言いたいかというと

私はわりと「その手のこと」を信じるタイプなんですね。

だからこそ、

奈々さんは信じる信じないは別にして、受け入れては下さる方なのではないかと前々から感じており、どうしても伝えたくて書かせて頂きました。

というメッセージも「バレてるw」って思いましたし、そしてその方が、

私の仕事は受け入れて下さる方・下さらない方がハッキリしている特殊なものですので、普段プライベートで自ら名乗り出たり、こうしてしゃしゃって話す事は余りないのですが

という心配を踏まえていながらも、打ち明けてくださったことが、とても嬉しかったんです。


「好きな人を好きな理由」をひとつを挙げるとするなら

うちに来ると、必ず最初に仏壇の前に正座して、鐘を鳴らし、手を合わせてくれるところ、です。

時には「それ用」に果物を持ってきてくれたり、花を買ってきてくれることさえあります。

私が彼を好きなのは、こういうところも大きいんです。


もっと言うと、私の友人達は、わりかし「芸事」を職業にしている人が多いので

「げんかつぎ」や「祈願・祈念」に対する熱心さ、信心深さは、ひょっとすると私より強いかな?とすら感じます。

例えば、ライブ会場でも「あそこは魔物が居る」とか「あそこは芸の神様が居る」なんていう「逸話」がごくごく自然にあるような業界ですし

大きな仕事の前にはスタッフ一同で祈念や厄払いをしていたりもします。


一昨年から今年にかけて、私の周りでは、本当に、いろんなことが起きたんですね。

それは、人の生死を含めた出会いと別れであったり、

あらゆることが起きるタイミングが、

もはや「人智の及ばないレベル」だと痛感したんです。

というか、もっと言うと「大きな力で動かされてる」としか思えないような出来事だったんです。ことごとく。


で、実を言うと、

「スピ」という言葉にはアレルギーがあったんですよ。ずっと。

なんだろう、「スピ」や「スピリチュアル」って、その言葉が一人歩きして、

結局一体何を指しているのかよく分からなくて

「とりあえず、あんまり近づかないでおこう」

って思わされるようなとこ、ありませんか?

私はまさにそれで。

しかも、巷にあふれるそれらの書籍って玉石混淆だし、

タイトルだけ見ると「でーーーたーーー」みたいなの、多いじゃないですか。w

だからアレルギーがあったんですけど

「じゃあスピってなに?」って真正面から聞かれたとして、それに答えられるかっていうと、「えーと…?」だし、

なんでアレルギーがあるの?って聞かれても、うまく答えられない。

「なんかよく分からないけど、聞き心地が悪い」

それくらいの意識でいて。

でも、今になって考えると、私にはもともと「神様」の概念があるから、自分が唯一無二だと思っていた「わたしの神様」が、実はそうではないと知らされるのが怖かったのかもしれません。

というのは、近年、哲学書や自己啓発本、心理カウンセラーが書いている本、はたまたいわゆる「スピ」本を読む機会も増えたんですけど、

誰が書いていようと、どういう言葉で説いていようと、「行き着くところ」って結局同じなんだな、ってのを感じるからなんです。

それがつまり、(同じことを示す)神様がたくさんいるっていうことでもあって。

こないだヨガの先生と話してたときに、先生がこんなことをおっしゃってました。

「バリバリ理系の科学者だって、その道を突き詰めてる人って、神の存在を信じてるっていう人、多いって言いますよね」

と。

これを聞いて思ったのは「バリバリ理系の科学者ですら」というよりも、「バリバリ理系の科学者だからこそ」、突き詰めて行けばいくほど「つじつまの合わないこと」「科学では解明のしようがないこと」にぶち当たるんじゃないかなあってことだったんです。

で、最近思うのは、「スピ」とか「神様」とか「宇宙」とか、たまたま違う名前が振り分けられているだけで

行き着くところは、「自分の力ではどうにもならない大きな力のこと」なんじゃないかって思うんですよ。

名前がついてるから呼びやすい、名前がついてるからそう呼ぶってだけで

固有名詞というよりも「現象」であったり、「この世の在り方」だったりなのかなって。

そして「アレルギー」っていうのは、「なんかわかんない」っていう、

掌握出来ないもの、自分の思う常識の範疇を超えたものへの、畏敬や畏怖の念なのかなあと。



で、今までに何度かいただいたコメントの、「奈々さんはスピをどう思いますか?」の回答なんですが

私の考えは、「いいと思います」なんです。

妄信したり、無理強いしたりしなければ。

と言いますのも、この手の話をする場合、今回冒頭でご紹介させて頂いた方もそうなんですが

「受け入れて下さる方・下さらない方がハッキリしている」とことわりを入れているように

ほっとんどの方が「好き嫌いが激しい」ことを分かっていて、だからこそ、この手の話をするときには、「控えめ」にされる方が多いんですよ。

だけど逆に、アレルギーが強い人は「痛い!」とか「キモい!」って、その嫌悪をあらわにしているなあと感じることが結構多いんです。

その両方を見たときに、「どっちが穏やかで、どっちがしなやかだろう?」って考えたら、私は前者だと思うんですね。

占星術や自己啓発、はたまたお気に入りの芸能人・有名人の名言、なんだったらビジネス指南、なーーーんでもいいんですけど

それらに書いてあること、それらで提唱・推奨されていることで

「自分の気持ちがアガる」とか、「自分の機嫌が直る」とか、

あるいは、自分の世界が少しでも輝いて見えたり、自分の目に色鮮やかに映ったり、

触れた本人の「満足」や「幸せ」に少しでもコミットするのであれば、

「自分の機嫌を直すツールのひとつ」だと思って、なんでも使ってみたらいいんじゃないかなって思うんです。

なんていうかな。

乱用せずとも活用する。

もしくは

「妄信」せずとも「よすが」にする。

っていうかな。

ちなみに「よすが」って

「身や心のよりどころとすること。頼りとすること。また、身寄り。血縁者。よるべ。」

という意味もありますが

「手がかり。手だて。方法。」

という意味もあって

しかも「よすが」って、漢字で書くと「縁」です。


自分の目に飛び込んでくるもの、自分の耳に飛び込んでくるもの、なおかつそれらが自分を動かす力を持った場合って、

タイミングも大きく影響しているではないですか。

同じことを見聞きしていても、「ハッ!」ってなったり、なにかの動機になるのって、「いつもそうか」というと、そうとは限らないですよね。

だから、それらのタイミングがバチッと合うって、やっぱり「縁の力」が大きいと思うんです。

で、「縁」ってなに?ってなったとき、やっぱりこれって上手く説明出来ないから

「自分の理解の範疇を超えた何か」に帰結させてしまったほうがラク、、、っていうと語弊があるかもしれないけど、

「ま、いっか」

って悩まなくて済むんですよ。w


ちなみに、我が家は仏教家系だけれども、どの宗派に対しても、私はアレルギーはないんです。

なんだったら「耐性」があるぶん?他の宗派ってどういうことを説いてるんだろう?っていう関心が、人より高いかもしれません。

私がヨガを始めた頃、「バガヴァッド・ギーター」と呼ばれるヒンドゥー教の聖典に興味を持って、アマゾンを見ながら「買ってみようかなー」なんて思ってたんですけど

ヨガに入会してしばらく経った頃

「あ、忘れてたんですけど、うちのスクールに入会していただくと、入会記念に1冊本をプレゼントしてるんですよー」

って言われて、「好きなの選んでください」と差し出された中に、バガヴァッド・ギーターがあったんですね。

そこでいただいたバガヴァッド・ギーターは、「THE・バガヴァッド・ギーター」ではなくて、自費出版かな?の「解説本」、しかもおそらく「講演時」の口述を文字に起こしたものなんですけど、それでも概要を知るには十分で。

その中に、すごく印象に残ることが書いてあったんですよ。

「例えば病気の犬を見つけたとして、『ああ、これはちょっと手術をしなければいけない』と思って、治してあげようと捕まえて、手足を縛って傷口を切り出したとします。

犬から見たらどう思いますか?『あ、この人優しそうだ!』と思ってついていったら、手足を縛られて痛みを与えられたと。

『何てことするんだ!おれはこいつが優しいと思ってついていったのに!騙された!』

ってなるけど、結果的には救っているわけです、人間が。」


という話が書かれていて、この話の着地点は、「それが神と人間の関係においても言える」というものでした。


先日、ある方から「神社ミッションって知ってる?」と言われまして、詳しくはリンク先に書いあるので、気になる方はそちらを読んで頂きたいんですが

ちょうど、祝杯をあげたいくらいに良いことがあったので、「感謝」だけをしに神社へ行って、私さっそく神社ミッションをやったんですね。

ちなみに私その時、1万円をお賽銭箱に入れたんですけど。

そしたら、その直後にすごく嫌なことがあって。

いや、もともと「祈願」じゃなくてお礼参りで神社ミッションしてるとは言え、

1万円入れた直後にこれですか!w

って思ったんですけど、でもこれはたぶん「犬の怪我を人間に治されてる状態」なんだろうなと。

予感は既にあるんですよ。

ゆくゆくは「そういうことだったんだな」って思えるような過渡期に今居て、

言ってみれば好転反応なんだろうし、「膿み出し」なんだろうっていうのも感じるんです。

にしたってどエラい成長痛きたなwwwとは思いましたけど。w

あ、ちなみに、「神社ミッション」は心屋仁之助さんが推奨しているそうなんですが

■神社ミッションしたらアカン人もいる

という記事も心屋さんが書いてらしたので、こちらも併せて読んでおいた方が良いかもしれません。

(私はこの点に関しては「今は」大丈夫そうだなと思いました)(前はダメだったかもw)


ちなみに昨日も実は神社ミッションをしに行って、さすがに今回は1万円も入れられなかったので「持ってる小銭全部」だけなんですけど、

「成長痛は受け入れますが、できればお手柔らかにお願いしますw」

と手を合わせてきました。w


ああもう、全然シャクが足りないwwww

ちょっと長くなりすぎたので、また改めて書きに参りたいと思います!w


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