雷ひとつ。

11月1日、厳密に言うと1時をまわっていたので11月2日、仕事場近くで軽く飲み、さあ帰ろうと帰路についていたら、ヤエちゃんから電話があった。

夜中の1時台にヤエちゃんから電話があることはたいして珍しくはないんだけど、「今大丈夫?」と最初に言ったヤエちゃんの声が明らかに通常とは違っていて、絶対に良い話ではないだろうと思った。同時に、片手間に聞く類の話ではないことも予想出来て、通り過ぎようとした公園の花壇に腰かけてヤエちゃんの話の続きを待った。

ヤエちゃんから聞いたのは、実家で飼っていたゴールデンレトリバーのラッキーが、今日息を引き取った、ということ。

その話を聞いてから既に18日が経過しているんだけど、その間にこのことを話したのは二人。
ヤエちゃんから聞かされた私よりも、私に聞かされた友達の方が反応に困るだろうと思って、この話を人にする気になれなかったし、ここに書く気にもなれなかった。
と言うのも、ラッキーが死んだって聞いたとき、正直、そんなに悲しまなかったから。

今年初頭、ゴールデンレトリバーを飼っていて10歳未満で失くしてしまったという知人と話していた時、うちの子が今年13歳だと話していたら、「もう覚悟しておいた方がいいよ」というようなことを言われていた。

ここ数年は、もう顔中心の毛は真っ白で、しっかりおじいちゃん顔になってたんだけど、でも大きな病気も怪我もしたことがなかったから、いったいどんなふうにラッキーが生涯を終えるのかっていう想像が全くつかなくて、いずれ絶対に来るとは分かっていても、ラッキーと死というものが全然結びつかなかった。

それに私は実家を出てもう9年にもなるので、一緒に暮らした月日より離れて暮らしている月日の方が長くなっていて、「犬との生活」そのものがどこか自分から切り離されたものになっていて、なんていうか、「リアル」じゃなかった。

だからヤエちゃんからラッキーの訃報を聞いた時にも、それが深く自分に食い込んだ悲しい知らせのように思えなくて、それこそが何よりショックだった。
私なんでこんな冷静なんだ?
私なんでこんな平気なんだ?
って、ラッキーの死そのものよりも、ラッキーの死を深く悲しんでない自分にショックと後ろめたさを感じた。

実家の犬が死んだ、っていう話をほとんど身近な人に話さなかったのは、私自身はそれほど落ち込んでいないのに、聞かされた方は私の悲しみの深さを実物大よりも大きく深く見積もってしまうだろうと思ったから。
私が本当に本当に落ち込んで絶望して憔悴していたら「実はね…」って誰かに聞いてほしくて話していたかもしれないけど、今のところ自分の中で消化できる話を人に話して、そしてその人に余計な影を落とすようなことはしたくなかった。

限られた二人にこの話をしたのは、「愛犬が死んで悲しんでいる」というのが中心にあったんではなく、「どうしよう、私、結構平気なんだけど」とか「私どっか欠落してるのかな」とかの、不安を打ち明けるような相談色が強かった。
それはいろんなところに飛び火して、この先両親とかを筆頭に、自分の大事な人が死んだりしても、自分で思っている以上に私はショックを受けないのかもしれないって思ってうすら寒い思いをした。

そんなこんなで2週間以上が過ぎたわけなんですが、週末、急に冷え込んできたもので、ゆるく冬支度でもしようかな…と思った時、にわかに震えが走った。

寒くなると最初に出し、暖かくなるまでの間、一番長く使う私の「冬グッズ」。


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2009年初頭の過去日記にも書いているんだけど、ファーブーツが欲しくて3万も出して買ったmouのブーツ。
だけどいざ履いてみたらどう見てもマタギっぽくて、とてもじゃないけど屋外で履く勇気が持てず、以来、室内で活躍しているというセレブ価格のスリッパです。

私の定位置、換気扇前の椅子に座っているとき、オットマンがわりのゴミ箱に足をのっけていると、いつも無意識にこの毛を撫でてしまい、その感触はラッキーの毛並みを思い起こさせて、同時にそれはラッキーにまつわる記憶の再生スイッチになった。

ラッキーのことで最初に思い出す光景はいつも決まっていて、それは13年前までに遡る。
うちのヤエちゃんは、学校から帰ってきた私を驚かせようとしょっちゅう家の何処かに隠れていたんだけども、ある日も学校から帰って家の車庫に自転車を止めていたら、家の中から「はやくはやく!」とか「隠れて隠れて!」とかいう声が漏れ聞こえていて、私は「またやってる…」と思いながら家のドアを開けた。

ドアを開けると家の中はシンとしていて、今日は一体何処から出てくるんだろうと思いながら階段を上ると、階段の正面にヤエちゃんと弟が堂々と立っているので「あれ?隠れてない」と不思議に思ったけど、ヤエちゃんも弟も明らかに何かを企んでる顔をしているので不気味に思いながら二人の顔を見ていた…



ヤエちゃんと弟の間からトコトコトコとなんか小さい物体が出てきて、私は何が起きたのか一瞬理解出来なかった。

「あ!もう!隠れてって言ったのに~!」

そう言いながら抱えあげられた小さい物体が、ラッキーだった。


ゴールデンレトリバーを飼うのは長いこと家族共通の夢で、色素の薄いフサフサとしたあの大きな犬にずっと憧れを抱いていた。
それがやっと叶ったのが13年前。

と言いたいところだけど、うちにやってきたゴールデンレトリバーはなんか普通のゴールデンに比べると毛が少なくて貧相だし、思ってたより色が濃くて「ゴールデン」って感じじゃないし、大きいほうの排泄をするときベストポジションが決まるまで「もういいだろ」ってくらいぐるぐる回るような「いらん神経質」だし、気持ちが高ぶるとじゃあじゃあウレションするし、しかも大型犬だからその量が半端じゃないし、なんつーか全体的に「バッタモン」臭がするというか、「ゴールデンレトリバー"風"」の雑種みたいというか、とにかくちょっと残念なスペックで、でもそれが我が家のラッキーだった。

実家の階段を上ろうとすると、ラッキーはいつも2階でスタンバイしていて、階段ギリギリのところから下を見下ろしていた。
みんな家に帰ってくると、そこで待ってるラッキーの頭を撫でてから自室に入って行った。
それはもう、特別意識なんてしていない習慣で、トイレから立ち上がったら水洗レバーを動かすくらいに自然なことだった。

だけど、次に里帰りをしたとき、2階に上がっても伸ばした手の先にラッキーの頭がないことを想像したら、ラッキーが死んだ、っていう光のような出来ごとに、ようやく音が追いついて、やっと一つの雷が出来上がったような気がした。
今更になってだらだらと涙を流しながら、大人になると悲しみにすら瞬発力がなくなるのかなあとぼんやり思った。

とは言え、ゴールデンレトリバーで13年生きるというのはほんとに長生きで、人間年齢に換算すると96歳なんだとか。
最期は苦しまずに眠ったままアチラ側へ旅立ったそうで、ここにわざわざ載せはしないけど、ヤエちゃんから送られてきた旅立ち後の写メを見ても、とても安らかな顔をしていました。

ラッキーありがとう。おつかれさま。

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