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道産子 meets 明太子



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左:じんちゃん 右:ヤエちゃん

続くけど、スンゲー長いです。



3泊4日なんてあっという間。

誰かと一緒に過ごすことにはすぐ慣れるのに、誰かが空けてった穴を埋めるのにはちょっとばかり時間がかかる。

見送るときの喪失感より、見送られる時の切なさのほうが飲み込みやすい気がする。消化しやすい気がする。
いや…、それは、完全に今のテンションなんだろうな。暑くてウンザリする夏には冬のほうがいいと毎年思ってるし、末端冷え性ゆえ、手足が冷たすぎて眠れない冬には夏のほうがマシだったと、これまた毎年思っている。

それと同じで、里帰り期間を終えて東京に戻るとき、福岡空港まで見送ってくれたヤエちゃんを背にした後は、「見送るより見送られるほうがいい」なんて思ってはいなかったもの。


金曜日に到着したヤエちゃんは、じんちゃん(仮名)という女の子と一緒にやって来た。
じんちゃんはあたしと同じ年齢で、あたしの実家の近くで一人暮らしをしているらしい。

空港から直接あたしの職場にやって来て、職場の人々にヤエちゃんが挨拶をしているとき、横に立つじんちゃんを見た先輩から、「あれ、姉ちゃん?」と聞かれたのだが、「いや、実家の近所に住んでる女の子らしくて、あたしも今日が初対面なんです」と言ったら、先輩の頭上にはコボちゃんのようなハテナマークがぷかぷかと浮かんでいた。

ええ。言いたいことはわかります。「その女の子とお前の母ちゃんがなんで一緒に旅行に来てんの?」ってことなんでしょうが、なんというか、あたしの中では「いや…ヤエちゃんだから」で全部納得・解決出来てしまうことであるからして、説明のしようがない。ヤエちゃんとゆーのはそういう人なのです。

だから、「次の日から帰る日までは別行動だけど初日だけじんちゃんも奈々ちゃんちに泊めて」と言われても「うん。いいよ」とふたつ返事をするあたしなのであった。そこに「なんで?」はないのであった。

腐ってもホストのあたくし、二人が到着した晩にはさっそく六本木のお鮨屋さんへキリッとシカッと(当社比)ご案内。予約電話の段階で「実は母が来るんですー」と板前Y村さんに話していたせいか、いつも以上に素敵なおもてなしをしていただく。(Y村さん、本当にありがとうございました!)

こうやって誰かを案内したときに、連れて行った人達が本当に美味しそうに幸せそうに食べている姿を見るのって、こっちまでこんなにホクホクとした気持ちになるものなのですね。

お世話になるばかりで、なんのお返しも出来ないのに、ご馳走してくださる方や、お料理を出してくれるお店の方が、大食いのあたしを見てニコニコと笑っていたり、「そんなに食べてるから、ほら、二の腕が…」なんてケナすように言いながらも、なぜだかとても嬉しそうな顔を浮かべていたのは、そんな気持ちがあったからなのかなと思った。人が、美味しそうにものを食べる姿って、無条件に見る人を幸せにしますね。

お鮨屋さんを出たあとは、ぷちっとご無沙汰してた西麻布のバーに寄って飲み、結局、帰ったのは明け方だった。

ヤエちゃんとじんちゃんと3人で我が家に帰宅して、空も明るくなっているというのにまだまだおしゃべり。

しかしこのじんちゃんという女の子、本当に稀に見る、素晴らしい女の子だった。あたしの上を行く人見知りの姉が心を開いているというだけあって、めちゃくちゃ引力のある素敵女子。

会話の要所要所で滲み出る、じんちゃんの気持ちのいい人柄を感じるたびに、ヤエちゃんが冗談混じりに「ね。北海道の大地が生んだだけのことはあるやろ」と言っていて(じんちゃんは北海道出身)、地方人だらけの東京にいるあたしは、血液型なんかよりも、「地域性」だとか「土地柄」は人格形成において格段に影響を及ぼすのではないか?と思っているので、「さすが、北海道はでっかいどう!!」と思ったけど、それだけでは全然おさまりきれない、大きくて温かい心の持ち主であることがすごく伝わってくる子だった。

とにかく、言葉のひとつひとつにすごく引力があって、まったく「攻め態勢」ではないのにパワーがあって、そしてそんなスピーチ力があることを、本人はまるで自覚していなさそうなところ、何かウマく言わなくては、なんてカケラも意識していなさそうなところ、要は「どうだ!」みたいな押し付けがましさがまるでないところ、だけど、紡ぎだす言葉がどれもこれもキラキラしているじんちゃんを見て、初対面なのに大好きになった。

天性のものなのか、それとも築き上げたものなのか、付け焼き刃で演じられるものでも繕えるものでもないじんちゃんの人柄は、人見知りのあたしの心をグワアアァっと押し開いて、ほんとにまったく「なんで?」なんて聞かれても説明出来ないんだけど、話しててボロボロ涙が出たんです。

別に、お涙頂戴系の話をしていたわけじゃないの。じんちゃんの紡ぐ言葉から滲み出るどころか溢れ出る、哲学のような美学のような、「じんちゃん」ってものの根底にある基盤の美しさとか誠実さとか凛々しさ、そしてそれらの揺るぎなさが、プロテクトしてるはずの心の柔らかい部分を優しく、だけど深く突いて揉み解して(←これがスゴイところだと思う)、本当に自然に涙が出たんです。

じんちゃんはあたしと同じトシだけど、「こんな女子がいるなら日本の未来も捨てたもんじゃないはず!」って本気で思った。(自分で言うのも悲しいが、あたしのようなヤツばっかだと、確実、日本は滅びます)
こんなに心が綺麗なのに、人(あたし)に劣等感も罪悪感も「白け」からくる脱力感も温度差も感じさせないじんちゃん。ただただ目から鱗で、ありきたりな言葉だけど、心が洗われた気がした。

じんちゃんの話を聞いているさなか、あまりの引力に、「ねえねえ、じんちゃん、オバマ?」なんて言ったりしたんだけど、これは、冗談ぽく言っているようで、あたしの中では引力のある話し方をする人に対して、最大級に尊敬の念を払った言葉なんである。

「スピーチ力」という点で言うと、じんちゃんと赤ペン先生は若干通じるところがある。違う部分を挙げるなら、過去記事にも書いたけど、赤ペン先生は人工発光型で、じんちゃんは自然発光型タイプであるというところ。これも過去記事に書いたことだけど、どっちが優れてるとかじゃないのです。
あたしは、赤ペン先生が師事(って部外者のあたしが簡単に言うのは躊躇うんだけど)していた方の話がすごく好きだったんだけど、それに関する話を聞くと、パブロフの犬か?ってくらいオートマで涙が出る。




少し話はそれるけど、つい先日、誕生日を迎えた直後に、うんと年上の人がイソップ童話(wikiでは「寓話」になってたけど)の「犬と肉」を引き合いに出しながらアドバイスをしてくれたことがあった。

●「犬と肉」のあらすじ●
犬Aが、肉を銜えたまま橋を渡っていた。ふと下を見ると、知らない犬(犬B)が肉を銜えてこちらを見ている。犬Aは、その肉が欲しくなり、脅すために吠えた。すると、肉が川に落ちて流されてしまった。犬Bは、水面に写った犬Aだったのである。
(wikipediaより)

この話を引き合いに出したその人は、大学卒業後に入社した商社で、優秀な成績をおさめていながら、20代後半で辞職し、周囲の反対を押し切ってコロンビア大学に留学したのだそう。
相当な覚悟と勇気が要ったそうだけど、あの時に決断してよかったってその人は言ってた。コロンビア大学で学んだことを生かして、今は全く別の職業に就いている。

あたしの持つ選択肢は、彼が取るか捨てるかで悩んだものほど難儀で厄介なものではないだろうし、今あたしが立っているポジションにしたって、当時の彼とは比べ物にならないくらいにゆるくて自由。故に、大事にしていたものを捨てなければならなかった時の切迫感や苦悩にしたって、当時の彼と比べものにならないと思う。

だけど「あたし」の中で天秤にかけられるものは、「あたし」の中では甲乙つけがたいもので(じゃなきゃそもそも悩みもしない)、どっちつかずのまま、だましだましにしていることも少なからず、ある。

これからの3年間は、今までの3年間よりも、間違いなく、5年後、10年後に大きく響くようになる。今まで以上に厄介だったり心苦しい取捨選択を迫られるシーンに直面することだって避けられないと思う。
そしてそのひとつひとつの選択が大きく意味を持つようになるだろうから、とにかく、よく考えて、大事に生きなさい、と言うようなことを言われた。

そんな矢先にじんちゃんと対面を果たして、彼女の言葉から滲み出る美しい理念に触れた時、なんか、今のこの時期に出会えたことはすごく意味のあることなんじゃないかって思った。

あたしはじんちゃんじゃないから、あたしが言うと、じんちゃんのように、聞く人が「頭」でなくて「心」で感じられるような言い方ができないんだけど…、なんて言ったらいいのか…、えっと、これはじんちゃんの言葉を受けて、あたしなりに解釈した上でのたとえ話なんですが、すごくいい食材をお中元か何かでいただいて、「これが一番」だとされる調理法を盲目に信じて調理して食して、そしてそれはとても美味しくて十分に満足はしていたけど、「これが一番」だと言われていたばっかりに、「もっと美味しい調理法」の存在があるかどうか、考えたことはあったか?試してみたことはあったか?っていう波紋を投げ掛けられたような気がしたのです。


唐突に、ミスタースタイリッシュが言ってた言葉を思い出した。

ご飯屋さんで、好きな食材が組合わさったメニューを見て、迷わずあたしが頼もうとしたとき、「それは…味の見当がつくじゃない」って言って、ミスタースタイリッシュは別のものを頼んだのですよ。それがどんなお料理だったかは忘れたけど、普段のあたしだったら頼まないようなものだったことと、そしてそれがとてもおいしかったことは覚えてる。




そんなあれやこれやが組合わさって、今になって思うこと。

周りがどれだけ「いいじゃん!」と後押ししてくれるような事柄があったとしても、当事者のあたしの気が乗らないイロイロなことというのは、往々にして、展開が読めること、要は、「味の見当がつく」ものだったなあと。

まあ…あの…そんなこと言ってるから嫁き遅れの根無し草なんですけども。
「シアワセな味がしそう」という見当がつく嗅覚を持っているのであれば、その嗅覚を生かすこと、信じること、従うこと、を拒否する必要はまったく無いと思う。あたしの嗅覚では「シアワセではない味がしそう」という見当しかつけられないので、それと違うものを選べばシアワセになる、というもんでもないんですよね。




なんの話をしてたのか自分でもよくわかんなくなってきて、不時着してる感をひしひしと感じているのですが、とりあえず言いたかったのは、じんちゃんと話せてよかったと。
それだけは記しておきたかったのです。


出来損ないの次女が、生まれ育った家を出て以来、微かながらでも空けた穴があるのなら、出来得るかぎりでかまわないから、あたしよりも近くに居るじんちゃんに、埋めてあげて欲しいな、なんて思います。

とは言え、じんちゃんの魅力は余り有るので、パッチワークを通り越して全体をコーティングする勢いなのではないかと思う。


じんちゃん、本当にありがとう。じんちゃんと話せてよかったです。




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