パーソナルチェア。

連休中、ほっとんど家で過ごしたせいか、家への愛着がまた高まってきた。
急がば回れと言い聞かせ、理想に近づけようと努力だけはしているつもりですが、いまだ完成形には程遠い。
何か新しいものを取り入れると、少しは理想に近づいた?と一瞬思うものの、端から摩耗していく日用品たち。(ラグとか)
電化製品などにいたってはどんどん新しいものが出てきますし。


もう、何年も前からソファが欲しいと思い続けて言い続けているのですが、4年の間に5回の引っ越し経験がある私は、経済状況に合わせておもしろいくらいに激しく住居環境も変動しており、もっともバブリーな時とその逆の時の平米差が40もあったりして…って、今の家その「差」におさまるんですけど!!
そこまでの差があると、当然アッチの家には置けただろうけど今の家では無理だろう!!みたいなものもたくさんあるわけで。もっともバブリーだった時に幅280cmオーバーの3シーターソファを買おうとしてましたが、納期が3ヶ月後と聞いて得意のものぐさを発揮して見送った。今考えると英断だった。

そんなことを繰り返していたものだから、常に「次どうなるかわかんないし」と、怖くて「大物買い」ができなかったんですが、なんだかんだで今の家は3年目。遊牧民だった私も、さすがに腰が据わってきました。

とは言え、どう考えたって我が家の狭いスペースに対し、場所をとるソファを「欲しい」だけで置いてしまうと、なんつーかもう、見た目が栄養過多。
ソファはとっても魅力的なのだが、どうせほっとんど一人で居るので、だったらちょっと値段の張るパーソナルチェアを買おうかなーと。
そんで、ちゃんとした「本を読む」スペースを作りたいと思っているのです。


今のところ、候補はコレ。
イームズのラウンジチェアとオットマン。
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Charles & Ray Eames Lounge Chair & Ottoman


ま、正規価格は間違いなく無理なのでリプロダクトで手を打とうと思っている。
リプロダクトだと最安値なんてこんな破格なんだよ!⇒
しかもレビューも褒めちぎってある…。こんなに安くて大丈夫かな!?って心配になります。



で、ディクラッセのスタンドライトを読書灯にして、

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DI CLASSE Cornet




こういう小さめのサイドテーブルを置きたい。

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ディクラッセのスタンドライトを買ったら、せっかくなんで天井照明も統一したい。
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DI CLASSE Cornet-flat4


いや、まあ、今のとほとんど変わんないんですけど。


候補2…なんて言えないほど届かないとこにいますけど、
喜多俊之デザインのDODOチェアも憧れます。
しっかし可愛くない値段。
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Photo by CASSINA IXC. Design Store




眺めてるだけで楽しいデザイナーズチェア。

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椅子の下にはサークル型のラグ敷いて、ああ、そうだ、椅子の背後には小さめorノッポだけど幅の狭い書棚を置いて、何かっていうと読み返すお気に入りの本はそこに入れて…とか考え出すと止まらないけどそんなに広くねえから暴走すんな。
何はともあれ夢は膨らみます。

にしても、あたしのチョイスはほんとに女らしさやら可愛らしさがなく、「女子にモテようとしている男子の部屋」のような仕上がり…。
花が飾ってあるのが唯一の救いでしょうか。


今はこれ。
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アプリコット色のミニバラ。



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受け皿

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14歳の罪

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起きて洗濯機をまわし、ダノンビオ食べながら今日の予定を立てる。

やっぱりどーしてもサイゴンのキーマカレーが食べたくて、さっそく準備。

途中、本屋へ寄って、気になってた川上未映子の新刊「ヘヴン」を購入。

その後、サイゴンで念願のキーマカレーを食べたあと、腹ごなし目的で道草食いながらセタドーを歩く。

ナウシカ部屋で、こないだ購入を断念した白いダリアとともに、新しいフラワーベースを買う。

帰ってすぐに水切りして生けて、終了した洗濯物を干して、今から川上未映子の新刊読みます。

と、↑ココまで書いて、2時くらいから放置してた携帯。5時半には読み終えてしまった。

で、呑気な休日模様から一転した話になるので、冒頭文とは激しく温度差があります。

「ヘヴン」はいじめられてる中学生が主人公なんだけど、なんていうか、何度も胸が詰まって、秋の、過ごしやすい気候のおかげでようやく上昇し始めた気持ちを、自ら引きずり下ろしているような気がしてきて、今この本を読んだのは失敗だったんじゃなかろうかと、途中、何度も思った。

休むのも忘れて一気に読み終えてしまえるものが「おもしろい本」とされるのなら、これはおもしろい本になるんだけど、こういう内容の本を「おもしろい」と形容してしまうのはためらってしまうし違和感がある。

メディアを通して耳にするような凄惨ないじめ現場をこの目で見たことは一度もないけど、それでも小学生の時とか中学生の時には、ライトに言うところの「仲間外れ」とかそれ以上のこともあって、ほんとにまったく些細なことがきっかけで「シカト」だったりはっきりとした悪意をぶつけられる標的に人がされていく光景を何度も見たし、それが自分になったことだってあった。

「ヘヴン」の主人公は斜視であることをからかわれているんだけど、ほんとに、小学生や中学生って残酷で、私の時代だと顔の真ん中に大きなホクロがあるとか、体臭がきついとか、ギョウ虫検査で引っ掛かったとか、机の中にカビの生えたパンをためこんじゃうとか…なんかもう書いてるだけで馬鹿馬鹿しすぎてものすごく嫌な気分になるけど、そんなふうなどうでもいい理由をきっかけにして誰かが誰かをおとしめていた。

同世代の女子と昔話をしてると、「うちの学校もそうだったー!」って割と共通してるんだけど、私たちが小学2、3年生の頃なんて、数日交代で「無視」が回ってきたりしてた。今となっては馬鹿か!と全員の頬張り倒したくなるけど「○○ちゃんにはまだ回ってないから次は○○ちゃんのこと無視ね」みたいな残酷なことを普通にやってたし、そう言った発案者が次には標的にされるってのも全然珍しくなかった。当然のように私にも順番は回ってきたし、任期っつーか当番っつーか、標的期間が終われば同じことを私もした。そんでもって2、3年生っつーのは単純だから、標的期間が終わってしまうとみんな何事もなかったかのようにまた仲良くしだしてたんだけど、あれって2、3年生だったから出来たことだよなー…と思う。

正当化するわけじゃないけど、ほんとに通過儀礼のようにそういう時代があって、私もそのくらいの時から自分のことも含めて女ってめんどくさいしこわいとおぼろげながらも認識するようになった気がする。

「ヘヴン」を読んでじくじくと思い出してしまったのは、中学のとき同じクラスになったTさんという女の子のことだった。

Tさんは暴力とか罵倒とかはっきりとしたいじめを受けてたわけじゃないんだけど体臭が原因で男子にも女子にも避けられてて、いつも一人でいるような子だった。

私は中学で一緒になったからそれ以前の彼女を見てないけど、小学校のときから同じような対応をされていたらしい。

しかも彼女が住んでた団地というのが自殺の名所で、一度、彼女が自殺死体の第一発見者になってしまったことがあり、心ない馬鹿な男子が、普段は話し掛けないくせに下卑た好奇心でその詳細を根掘り葉掘り聞きにいったりしていた。

自分が俗っぽい人間であることくらい自覚してるから決してクリーンぶりたいわけじゃないけど、でも私は子供の頃から同世代の男の子のこういうどうしようもない「ガキっぽさ」なんていうかわいらしい形容じゃおさまらない下劣さが、ほんとにほんとに吐き気がするくらい嫌いだった。もちろん、全員が全員そんな男の子だったわけじゃないけど。

Tさんは、派手ないじめを受けていなかったとは言え、馬鹿な男子の嘲笑の的にされたりして、自殺死体の第一発見者になってしまったときにしたって、その出来事そのものよりも、「Tさんが」発見してしまったというこの取り合わせをおもしろがられている感が私にも見てとれた。

Tさんは休み時間でもずっと着席したままで、いつもノートに向かって何かを書いていたから、あるとき、何を書いてるのか尋ねたことがある。

彼女は小説家になりたいらしくて、ノートに小説を書きためてるのだと教えてくれた。

中学2年生の時、女の子同士で手紙をやりとりするのが流行ってて、私は休み時間になるたびにAちゃんと言う仲の良い女の子と手紙の交換をしてたんだけど、なんでかその日から、私はTさんともちょこまかと手紙のやりとりをするようになって、時にはTさんが小説を書いたノートを読ませてもらったりもするようになった。ただ、私には属してるグループがあって、そこにTさんを呼び込むってことはなかったし、Tさんとの交流も決して表立ったものではなかった。

馬鹿な男子のことを散々嫌悪していても、14歳の私は、教室の中でほとんど透明人間のように扱われているTさんと表立って親しく出来るほどの強さを持っていなくて、要はやっぱり周囲の目を気にしていたのだった。ああもう書いてるだけであの日の私に自己嫌悪です。

で、そんなある日、私はいつものように休み時間にAちゃんと手紙の交換をしたんだけど、Tさんに渡すために書いたものを、間違えてAちゃんに渡してしまったのだった。

間違えて渡してしまった手紙の、詳しい内容は覚えてないけど、それはTさんの夢を応援する文章も綴ってあって、Aちゃんは、私がTさんと手紙のやりとりをしてたことにも、Tさんが小説家になりたいことにも驚いて、そしてそのどちらもを、少し蔑むように笑った。そして「奈々ちゃんって優しいねえ」と明らかに揶喩を含んだ歓迎出来ない言い方でまとめた。

AちゃんとTさんは同じ小学校の出身で、Tさんの立ち位置のようなものに対する決してよくない印象が根深くて、それゆえ私の行いそのものも、偽善のように映ったようだった。

もう苦々しすぎて動機息切れしてきてるんだけど、私はその場でAちゃんに「でもTさんはいい子なんだよ」って言うような弁明や、「で、なんで私がTさんと交流を持ったら笑われるわけ?」というような根本的な疑問をぶつけることが全く出来なかったどころか、Aちゃんに賛同するような立場をとって、それ以来、Tさんとの文通は途絶えた。


Aちゃんとは、中3になった頃くらいからほとんど関わらなくなって、卒業以降、1度も連絡をとったことがない。
大人になって里帰りをしたときに偶然見かけたことがあるけど、私もAちゃんも声を掛けたりしなかった。

そんでもってTさんとも、当然のように関わらなくなったけど、高校1年生のある日、近所のドラッグストアで友達らしき女の子と一緒にいる姿を見かけて、しかもそれがすごく楽しそうにブリーチ剤の物色をしているという場面だったので、なんかもう、うまく言えないけど泣きたいくらいに嬉しくて、この日見た光景は、ちょっとだけ私の心を軽くしてくれた。

けど、今でもたまに中学2年生のあの時のことを思い出してものすごく胸が苦しくなる。

今回、「ヘヴン」を読んだ時にはもうその苦しさがすさまじかった。

こんなふうに、過去の恥ずべき行いを思い起こして、ズキズキと胸が痛むことって、ないですか。

自分の身に起こった悲劇は、時間とともに笑い話に出来るようになるのに、自分が誰かに対してしでかしてしまったことは笑い話になるどころか「あのときこうしておけばよかった」という後悔が募るばかりでいたたまれなくなる。

それこそ偽善かもしれないけど、Tさんが今は明るく楽しく生活してたらいいなと思う。


携帯からなのにすんごい長くなってしまった。
最後まで読んでくれてありがとう。

おおめしぐらいのごくつぶし

寝起きから

ライス大盛り

奈々っぺです


ゲリラ川柳で幕開けてみました。おはようございます。

近所にすごく気になってた洋食屋さんがあって、今日初めて行ってきた。

1週間煮込んだというビーフシチューがどうやら花形メニューであるらしく、ほかのランチは900円前後なのにビーフシチューは1600円だった。

これは食っとけと。(de ライス大盛り)

正直、期待しすぎた。
チーズハンバーグにしときゃよかった。

てゆーかベタだけど食欲の秋。もうっ!ご飯がおいしくておいしくて。

先日、大人7人、中学生1人の計8人で焼肉を食べに行ったんだけど、隣に座ってた中学生のあっちゃん(仮名)は、しょっぱなタンの段階で「ライス大盛りください」とオーダーするしゃかりき成長期の食べ盛り。

若いわね〜気持ちいいわね〜とあっちゃんの食べっぷりを微笑ましく眺めていたのだが、ハツ来てハラミが来た頃には、あたしの左手にはどんぶりめしが握られていたのであった。
カルビが来る頃にはおかわりしていたのであった。(その上シメに冷麺まで食べた)

タレでひたひたになったホルモンをワンバン(※ワンバウンド)させまくったご飯は、正直ビジュアル的にはアウトなのだが、子供の頃、ヤエちゃん(奈々ママ)の目を盗んで食した通称ねこまんまのような、見た目的にも作法的にもアウトだけどノスタルジックな食べ物を思い出させ、あの時と同様の背徳感が胸をギュッとさせるのであった。

って何を昼間から「ワンバンさせたご飯」について感傷的に語っとるのかと。



さー今日頑張ったら連休だ〜。
今晩はお馴染みの顔ぶれで鳥を食べる予定です。

おいしいもの食べるとフェロモン出るらしいよ。(中野愛子情報)

カレー曜日

20090918024827
あんまりにも目が乾くので眼科へ行ってきた。
典型的なドライアイ。目薬を処方してもらう。

朝一で診てもらったので、帰って2度寝するつもりだったのに、病院付近の町並みがあまりにのどかで気持ち良くてしばし散策。

「THE・町の本屋さん」といった風情の本屋を流したあと(川上未映子の新刊が気になった)、カフェと言うより喫茶店と言ったほうが近いお店の前を通ると、中から馥郁としたカレーの香り。

無性にサイゴンのカレーが食べたくなり、上町くんだりまで足をのばす。



まだやってなかった。



時計を見ると10時。ランチは11時半からだった。
さすがに1時間半も待つ気力はなかったので諦める。
隣に熱帯魚屋があったので気まぐれに覗いてみる。

名前の分からない種の亀が水槽の中でお腹を丸見せにしてジタバタ泳いでいた。お腹と手足が全身タイツを着用してるみたいになめらかに甲羅と一体化してて、しかもジタバタ動いてる足が結構な筋肉質で、足の動きとか皮膚の質感とかが存外グロテスクでギョッとした。

店内を見回してたら死角からザザッ!と音がしてマンガのよーにビクッとしたら、床に直置きされたコンテナの中に体長50センチ〜60センチくらいの亀がいて、何かヤなことあった?と問いたいくらいぞんざいに砂掻いてた。2回ビクッとした。

おっきい亀って、こわい。こわすぎて目が離せなかった。

とりあえず三茶方向へ向かいつつ道草食いまくりながらセタドー(世田谷通り)を歩くものの、飲食店はことごとく準備中。

世田谷駅近くに、ナウシカの部屋のような花屋さんがあって、何度か覗いたことがあるんだけど、今日もそこへ行ってみた。

大輪の白いダリアやら名前忘れたけどアジサイみたいなおっきな白い花が可愛かった。
まだ歩くつもりでいたので購入は見送って退店。

結局、環七を少しこえたとこまで歩いて「アリババ」と言うインド料理屋にて無事にカレーにありついた。

カレーと熱帯魚、なんの因果関係があるのか、アリババの隣にも熱帯魚屋さんがあって覗いてみる。

150万のアロワナが売約済みだった。
あるところにはあるのですね。(¥)

薄暗い熱帯魚屋さんの中で、青白い光に照らされてる熱帯魚(大きめ)を見てると、なんかよくわかんないんだけど「連れてかれそう」な気になってぞくっとする。



画像:うららかな日和下の商店街。こーゆーとこに住みたいな〜。

再起動。

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自覚症状がないままときめき不感症…つーか、ときめきのED化が進行し、「凪いでいる」と言えば聞こえはいいが、抑揚も躍動もないのっぺりとした日々を、のんべんだらりと過ごしていて、「ときめく」がどういう状態なのかすらよく分からなくなっていたここ最近。

でも、「足がツる」の「ツる」感覚は、誰にも教わりようがないにも関わらず、ピキンとなったその瞬間、「これだァッ!イデデデデ!!」と的確に知り得るように、「正解」に触れたときとゆーのは、自分が思ってた以上に見過ごさないし、見過ごせないもので。

ほんとにときめいたときっつーのはもう圧倒的で歴然としていて疑いの余地がなく、相対したその瞬間に「なんなのかわからない」なんていうヌルい考えは払拭されるってことを、ちゃんと思い出した。

一目見たら迷う事なくドゾー!!と上座に案内させてしまうナチュラルボーン主賓な風格で、「席順どうするか…」などという下座(※あたし)の悩みは完全に杞憂に終わり、あたしはただ、在るべき自分の立場を思い出して、ごくごく自然かつ丁重にもてなしてしまうのであった。


いつものように、コアな部分はボカしっぱなしの丸投げで書き散らかしてますが、思い当たる節のあるそこのアナタは、分かるよと頷いてくれてんじゃないかと思う。


週の真ん中水曜日。あとちょっとがんばったら連休だー。




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洗濯日和

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早起きしてお布団干して洗濯して掃除して自転車の空気入れて日用品の買い出しへ。

ダウニーやらトイレットペーパーやら水やら牛乳やらの重みでフラフラ蛇行運転しながら帰宅。

帰って来てお布団をひっくり返して再び干して2回転目の洗濯物を干す。

ただでさえ普通に洗う白モノ色モノ、弱水流で洗う白モノ色モノで分けてあって1回の洗濯じゃ終わらないのに、大モノ(シーツとかガーゼケットとか)が絡んでくると、要洗濯のモノがなかなかゼロになってくれない。
干すスペースも洗濯に割ける時間も限られてるし。

でも洗濯量と洗濯にかかる時間と仕事前のタイムリミットと洗濯スペースがサザンクロスのように重なると、ランドリーバスケットが奇跡的に空っぽになる。

それが月曜日、つまりは今日だったりするととても幸先がよい。

枕用のネットで枕も天日干し中なので、今日は安眠間違いなしです。




あ。


メアリーグリーンのアイマスク洗うのワスレテタ?!

「手洗い」の存在を失念していました。

ガク!!



画像:今日買ってきたダウニー。
ウォーターリリーとジャスミンの香り。

9月

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帰って来て化粧落として横たわってたら、そのまま撃沈。

起きたら4時過ぎで、面倒ながらもゴミを捨てに外へ出たら、なんかもう秋。

猛烈にさみしくなった。

リリー(フランキー)さんの本の中で、こんな風に書かれている箇所がある。



秋はもの悲しい。
(中略)
「もの悲しいねぇ」
「淋しい…」
顕在意識だけの言葉は叙情的だが、もう少し利口な人は、同じような感情に触れた場合、こんな言い方をする。
「人肌が恋しいねぇ」
一歩、自らの潜在意識に踏み込んだ発言だ。(中略)この季節に感じ、口にする「悲しさ」や「淋しさ」とは性欲と発情の詩的表現なのであり、潜在意識が叫び続ける「やりてぇ」を夏に疲労した肉体が脳に伝達する経緯で、詩的に変換してしまうためである。
落葉、寒風、夕暮れの終わりそうな風景。しかし、人の生命力は、終わりを意識すればするほど発情できるようにできている。
(中略)
人々が発情を淋しいという言葉に換えて味覚むさぼるこの季節。
(「架空の料理空想の食卓」より)



蠢くと書いてうごめくと読む、生気も性器(動物のネ!)も盛んな春よりも、これからの季節のほうがよっぽど発情期。と言いたいとこだけど、

「添い寝されながら愛でられたい」

という手の平サイズの下心しかない。

のに、あたし最近、あいちんとしか寝てねえ!!


こないだ、二人してベッドに横たわりながら、何故かモノマネ合戦になった。

ちなみに、あたしの最近の十八番は「肺で笑うオッサン」です。

女子の前でやると「わかる!!」って鉄板でうけるのに、オッサンの前でやると鉄板でスベる。

オッサンには自覚が無いらしく、「あるある感」伝わらず。
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奈々

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