あたしが日頃、仰ぎ、尊び、敬っている素敵な大人たちは年齢も性別も職業もばらばらだけれど、それらとは全く関係のないところに絶対的な共通点があります。
それは、みんな、「名言を吐く」というところ。
「言霊はある」と信じているあたしにとって、言葉というのは文字であれ、言動であれ、とても大事にしたいものであり、その言葉が素敵であればあるほど忘れないよう心に刻んでいきたいし、ちゃんと咀嚼して、吸収していきたいと思っています。
先日、あたしが尊敬している大人の一人であるMさんが、年少者から助言を求められていました。
助言を求めていたのは舞台役者さんで、Mさんに、「狂気」の示し方、あらわし方について意見を仰いでいたのです。
Mさんの言った事を、あたしがこの場でうまく表現することは出来ないんだけれども、「狂気」というものは、「狂気」という表現方法があるのではなく、「正気」と対比することによってしか表現出来ないと、正気とのコントラストであると、Mさんはおっしゃっていました。
「狂気」と言うと、ただ闇雲に「変」なところだけをピックアップしてしまいがちだけれど、例えば、特別奇異ではない動作を一貫して行いながら、それとは全く違う事を同時にやるほうが、見ていて「狂ってる」と感じる、というお話をされていたのです。
具体的に言うと、どこか一点を見つめ、至極普通に会話をしながら手足をガチャガチャと動かし、関連性の無い動作をする、だとか、逆に、目線は定まらないのに手元はずっと単純作業を繰り返しているとか、Mさんはそういう例を挙げながら実際にやってみせてくれたのですけど、それを見て「確かに」と思いました。
それが「コントラスト」なのであると。
これは「狂気」についての話だったんだけど、その話を聞いて、思った。
あたしは、「人の魅力」も「コントラスト」によって強く感じてる、って。
例えばあたしは松尾スズキさんのエッセイが大好きなんですが、松尾スズキさんのエッセイってとても対比的な要素が多い。
常識と非常識、謹慎と不謹慎、真面目と不真面目が混在してるというか、むしろ融合していて、電車の中で読んでたりすると唐突にブサアッ!!と笑わされるような、最上級に良い意味での「くっだらない出来事」が書いてあったりするんだけれども、その出来事を、インテリジェンスさをひしひしと感じさせる語彙を用いてエンターテイメント性溢れる文章に仕立て上げているのですよ。
「くっだらない出来事」に見合わない理知的な表現や、主観的な娯楽を客観的に捉えてしたためる冷静さ、そのコントラストがすごく面白いと思うのです。
最近中島らもさんの本を読んでいるのですが、中島らもさんの本もそんな感じ。
これまた最上級に良い意味でバカバカしい見地から物事を捉え、焦点を当てた内容を、「さすが灘中・灘高出身…」という敷居の高さと、無学のあたし的には若干のコンプレックスを感じざるをえない理知的表現でもって、ハッときてグッときてなおかつユーモラスな文章に仕立て上げているという、そのコントラストが面白くて、久しぶりに、読み終わる事を残念に思いながら抵抗しながらじりじりと読んでいます。なんで今まで手を出さなかったのかなー。って不思議。
あたしは普段「どんな人が好き?」って、色恋沙汰に関わらず広義的に聞かれると「真面目な話もふざけた話も出来る人が好き」って答える事が多いんですが、これも、コントラストなんですよね。ふざけた話しか出来ない人は嫌だし、真面目な話しか出来ない人も嫌です。
すんごいふざけた話しててきゃあきゃあ一緒にはしゃぎ合ってた人が、真面目な話に切り替わった時、スパンっと真面目な返答をしてくれるとか、その逆とか、その場のニーズに合った対応をしてくれると「あー、この人に話して良かった」って思います。(ちなみにあたしは「臨機応変」という言葉と「適材適所」という言葉が好きです。そしてそれを体現している人はもっと好きです。尊敬します)
逆に、どちらかの尾をずるずる引きずってしまうような人と話してると、もう、カテゴリー分けしちゃいますよね。「あー、こういう話のときは、この人に話せないや」とかって。もちろん、「こういう話のときはこの人の意見を仰ぎたい」とかっていうのもあるんだけど、あたしの周りの親しい人たちは、ほんとにこの辺の切り替えが素晴らしいので、10色ボールペンの如く、一人で何役もこなしてくれます。少数で事足ります。だから人見知りでも困らなかったのである。そこが困ったところなのである。
地元のマブがある人を指して言った言葉が「あ、それ素敵」って思った言葉だったので、自分の手柄の如く書いちゃいますが、その言葉っつ−のがね、「バカになれる賢さを持った人」っていう言葉だったんですよ。ははあー。って思っちゃいました。
そしてあたしの周りの愛すべき大人たちは、みんな一様にしてバカになれる賢さを持っています。あたしもそうなりたいと願って病まない。
昔、何かで、「キレがあってコクがある」のように、相反する言葉を使ったコピーは人の関心を惹きやすい、という話を聞いた事があるのですが(ちなみにそれを「キレコクの法則」というらしい)それも、コントラストですよね。
例えば「淫らな淑女」とか、「思いやりのある自己中」とか。
対・異性となると、「ギャップに弱い」というセオリー(?)が世で溢れていますが、これも、また、要はコントラストですよね。
単語そのものからはまるで湧いてこないイメージを無理矢理くっつけると、魅力の有る無しはおいとくとしても「ん?」って目にとまる。気になる。
例えば、「後ろめたい親孝行」とか、「まっさらな不倫」とか「和気あいあい!下克上」とかね。いや、もう、「なにそれ?」とか説明求められても説明出来ない上に、自分でも何言ってんのかわかりませんけど、なんかこういう、大喜利的なもの大好きなので考え出すと楽しくて止まらなくります。
ってなわけで、Mさんから聞いた「コントラスト」にまつわる話、とても心に残りました。こういうふうに、周りに居る素敵な大人から聞いた素敵なお話を、忘れないうちにちょこちょこ書き留めて行こうかなーって思います。
それに、なんか、「ギャップ」っていうよりも「コントラスト」っていう響きのほうが好きだ。
これ、乱用していこう。
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