最近読んだ本と歯の話。

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だから僕らは夢を見る

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第なに出動っていうかもはやコードブルー

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これ、第なに出動ですか。

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via:weheartit.com



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JOY

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Daily Tools

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本は本を連れてくる



前回もちらっと触れた平松洋子さんの「野蛮な読書」。


以下長いので追記。




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#今の若者は知らない少女マンガ

twitter上で

「#今の若者は知らない少女マンガ」

つーハッシュタグが出来ており、挙げられた少女マンガ名を眺めながら、これまでに通り過ぎてきた少女マンガの記憶を辿っていたのですが、

これがもう楽しくて、「あったあった、こんなのあった!」と思いだすたびに小躍り。

というわけで今回は、

懐かしの少女マンガを洗って並べて懐古の念に浸ってみよう。

という自己満以外の何ものでもないので、読む方は全然全く面白くないと思うのですが、書いてる私はめちゃくちゃ楽しかったです。

最初に申し上げておきますと、ものすごく長いです。

目を通すにしろ、ほんと暇で暇でどうしようもない、みたいな時に読むことをおすすめいたします。


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打ちのめされるようなすごい本

湯山玲子さんの「四十路越え!」(参照)の巻末、「今読むべき本ベスト8」7位にランクインしていた田丸公美子さんの「シモネッタのデカメロン」が気になり、楽天ブックスに寄せられたレビューを拝読。
田丸さんと懇意にしていらしたという米原万里さんの名前を目にし、「打ちのめされるようなすごい本」の存在を思い出す。

週刊文春で連載されていた「私の読書日記」を含む、米原万里さんの書評集。
本が好きだという私に知人が譲ってくださったのですが、いただいた当初、ざっと目を通した目次の中に親しめそうな名前を全く見つけられず、

「執行猶予」

と本棚の奥へとしまいこんでしまったのは09年夏。

およそ1年半の時を経てその存在を思い出し、なんだか「読むなら今」という啓示を受けたような気がして、「シモネッタのデカメロン」が届く前に読んでみるかと、そんな具合でページをめくってみたのでした。

しかし、冒頭一発目に紹介されていた本が工藤精一郎/鈴木康雄訳の「ゴルバチョフ回想録」。


いきなりくじけそうになる。


セルライトローラーで張り切りすぎてこさえた大量の青タン on the ふくらはぎ を見た時くらいにしかその存在を思い出さないゴルバチョフ(の頭頂部)。
それくらい馴染みも思い入れもない人物であるからして、本来ならば確実に素通りする類の本。

挙句、

「二段組み各八〇〇枚という重さと暑さ。口述筆記したタイピストは腱鞘炎になったんじゃないかしら。こちらは読んでるだけで腱鞘炎になりそうだ。日本の平均的サラリーマンの住居面積や、出勤時のラッシュアワーを知りながら刊行に踏み切った出版社の蛮勇は見上げたものである」

と更に腰が引けて気が重くなるようなウィークポイント(免責事項?)も皮肉交じりに、でも歴然と記されている。
なのに、なのにです。
読み進めるうちにそんなことはどうでもよくなってくる。それでも読んでみたいという気にさせられてくる。それが米原さんの書評なのです。

アレクサンドル・ゲルツェルンの「過去と思索」については

「活字離れが叫ばれて久しいこの国で刊行しようなんて、市場原理に照らしてみたら愚挙以外の何ものでもない。」

とスパイシーにツッコミつつも、

「それでも翻訳者が翻訳せずにはいられない、編集者が出版せずにはいられなくなるような力を、この作品自体が持っているということだ。」

普段であれば全く興味をそそられない本というのは、往々にして愛想がない。
ほんとに読者を獲得したいと思って出版されているのか?と疑問に思うような排他的タイトルと近寄りがたい装丁。
オンラインショップ徘徊を習慣としている私には多分に思い当たる節があるのですが、実物は良品なのに、なんでそんなにPR下手なの?と不憫に思うものが数多く存在する。(写真写りが悪いとか、オンラインショップのデザイン自体がイケてなくて買い物する気にならないとか)
そして多くの人は、そんなことを全く知らずに通り過ぎてしまうのです。それも当然の成り行きなのですが。

PR下手でありながら、素通りするのはもったいない本の案内役として、潜在的読者をまずは入口に誘導する米原さん。
そこからは牽引力と扇動力のある筆致でもって「気になる!読みたい!」衝動に駆り立て、その衝動が及ぼした影響は読後のドッグイア数が雄弁に物語ります。

とは言え、「気になる!読みたい!」という期待はあくまでも想像の域を出ていないので、「予告だけ見るとすんごいイイ話そうに見えたのに実際見てみたらとんだ肩透かしな映画」のようなことになりかねないのでは、なんて米原ワールドの浅瀬に居る時には警戒心が働いたりもします。
しかしそんな警戒心は、読み進めるうちにはるか彼方へぶっ飛びます。のちに読んだ「シモネッタのデカメロン」で、田丸公美子さんはこう語っていました。

「彼女の舌鋒にはいつもはらはらさせられている。それにもかかわらず彼女のファンが多いのは、ロシア仕込みの毒舌が権力者に対しても臆せず発せられるからであろう。」

その言葉から窺い知れるように、米原さんの文章には、大人の事情が絡んだオブラートや、媚びた宣伝色が一切ないのです。
それは、米原さんの文章を読めばきっと誰もが感じると思います。

ただ、米原さんと私とでは情報処理能力や把握力に雲泥の差があるので、同じものを同じように面白いと思えるのかは、実際に読んでみるまで分かないのですが。(笑)
それでも、私の持っている本が2冊だけ「打ちのめされる...」に登場していました。
それは、姫野カオルコさんの「ツ、イ、ラ、ク」と、斎藤美奈子さんの「趣味は読書。」。

どちらも大好きな本でありながら、それをどう伝えればいいのか分からなくて歯がゆい思いをしていたのですが、既読の私ですら新鮮に思える切り口で、言葉に出来なかったモヤモヤを代弁してくださっており、部屋着姿に慣れて忘れていた好きな人のスーツ姿を久しぶりに見て惚れ直したような気分。

斎藤美奈子さんは私の大好きな文芸評論家なのですが、米原さんは「類い希なる毒舌の才と芸が冴え渡っていて、ああ、もしも自分の著書がこの評者に酷評されたら、打撃のあまり三年間ぐらい立ち直れない」と斎藤さんの論評を絶賛しており、斎藤美奈子さんの方も米原万里さんの「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」解説の中で「米原万里が当代きっての名エッセイストであることに異論のある人はいないでしょう。(略)忙しいさなかに彼女の本を開いてしまったばっかりに、何度私は仕事を中断されたか知れません」と、双方のファンとなった私には大変嬉しい両想いっぷりを見せてくれています。(斎藤美奈子さんの「趣味は読書。」については09年の過去日記でちらりと)

「打ちのめされる...」ですっかり米原ワールドに魅了され、次に読んだのが前出の「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」。

プラハ(チェコスロバキアの首都)で少女時代の5年間を過ごしていた米原さんは、プラハのソビエト学校、つまり、プラハの現地学校ではなく、プラハにあるインターナショナルスクールに通っていたそうなのですが、日本生まれである米原さんが「日本共産党代表として各国共産党の理論情報誌『平和と社会主義の諸問題』編集委員に選任され、編集局のあるチェコスロバキアの首都プラハに赴任(by wiki)」することになったお父さんに連れられて渡欧したように、同級生たちにもさまざまな事情があり、それぞれに故国があり、実に50カ国以上の国の子供たちが集まっていたと述べられています。

米原さんがプラハを去ったのは1964年。
以降、「プラハの春」やベルリンの壁崩壊、ペレストロイカによるソ連の崩壊など、20世紀後半の東ヨーロッパは激動の中にあったわけですが、日本で生まれ育った現在20代の私には、年齢的にも距離的にも「遠い話」である感は否めません。
ですが、少女時代の私がごくごく普通に行ってきたのと同じように、米原さんも、お互いの家を出入りし、一緒に駄菓子を買い、本を貸し借りするようなごくごく普通の友情関係をプラハで築いていたわけです。その旧友たちが東欧史に残る様々な歴史的事件の渦中に身を置き、波紋がじかに及ぶ場所で生活しているのをニュースで知らされるという心情は、想像に余りあるものがあります。

「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」は、激動の東ヨーロッパを背景にしながら、プラハのソビエト学校時代の友人であるギリシャ人のリッツァ、ルーマニア人のアーニャ、モスリム人(ユーゴスラビア、ボスニア)のヤースナの消息を確かめた記録であり、解説の斎藤美奈子さんの言葉を借りるなら「個人史の本も、現代史の本も、個別に存在してはいるものの、両者を見事に融合させたという点で、まれに見るすぐれたドキュメンタリー作品」に仕上がっています。

激動の東欧史が絡んでいるとはいえ、ずっしりと重たい内容に終始しているわけでありません。
本書の中で三番目に収められている「白い都のヤスミンカ」章にはこんなエピソードが登場します。
ちょっと長くなるけど、気が向いたら是非読んでみてほしいエピソードです。

その日の授業は、マリヤ・アレキサンドロヴナ先生のこんな質問から始まった。
「人体の器官には、ある条件下では六倍にも膨張するものがあります。それは、なんという名称の器官で、また、その条件とは、いかなるものでしょう」
(略)
「では、ターニャ・モスコフスカヤ、あなたに答えてもらいましょう」
(略)父親がソ連大使館の二等書記官だったターニャは、祖父が革命に功績のある将軍であることをことあるごとに鼻にかける気取った嫌なヤツだった。


もじもじして答えようとしないターニャを「真面目に答えなさい」と叱りつけるマリヤ・アレキサンドロヴナ先生。叱られたターニャは

「私の両親は、パパもママもとても厳格なんですよ。お祖父ちゃまの名に決して恥じないよう、はしたない言動は慎みなさいと、いつもいつも言い含められていますもの。先生は、そんな私に恥をかかせる気ですか?絶対に絶対に答えられません。口が裂けても嫌です」

ターニャが何を想像して身もだえているのかを察知して教室は大爆笑。
ちなみに正解は「突然明るいところが暗くなったような条件下の瞳孔」で、ターニャの次に指された優等生のヤスミンカが、さらりと解答したのでした。

マリヤ・アレキサンドロヴナ先生は、ターニャに

「あなたには、三つのことを申し上げておきましょう。第一に、あなたは宿題をやって来ませんでしたね。第二に、とても厳格な家庭教育を受けておいでとのことだけど、そのおつむに浮かぶ事柄が上品とは言い難いのは偉大なお祖父さまのおかげかしら。そして、第三に……」
と言いかけたところで、先生は突然恥ずかしそうにうつむいて口をつぐんだ。


先生の言葉の続きが気になった生徒たちは騒然とし、「第三に、なに!?」と追及するものの、先生は話題を転換させようとしてヤスミンカに別の質問をします。

「眼球において第一レンズ、第二レンズの役割を演じているのは、何という器官ですか」

ヤスミンカは

「第一レンズの役割を果たしているのは角膜、第二レンズの機能を果たしているのは水晶体」

と難なく解答し、一旦着席しようとするものの、何を思ったのか再び立ち上がるのです。

「あくまで私の想像なんですが、先生がおっしゃりたかったのは、次のようなことではありませんか」

マリヤ・アレキサンドロヴナも生徒たちも虚を突かれて間が空いた。その隙を突くようにヤスミンカは顔色一つ変えることなくサラリと言ってのけた。

「第三に、もしほんとうにターニャがそう思っているのなら、そのうち必ずガッカリしますよ」



電車の中で読んでて思いっきり吹いた。



「彼女の代表作をあげるとしたら、おそらく本書『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』になるのではないかと思います。米原万里にしか書けない題材と方法論という点では、いつだってまあそうなのですけれど、(略)あの米原万里が唯我独尊の自分史なんか書くはずないわけで」

と斎藤美奈子さんが語る所以はこのあたりにもあると私は思っています。
「シリアス」枠内だけに留まらず、思わず吹き出してしまうような箇所もたくさん登場するのです。

ところで田丸公美子さんの「シモネッタのデカメロン」の「シモネッタ」とは、下ネタ好きの田丸さんに米原さんがつけたあだ名。(もともとは自分のあだ名だったらしい。「デカメロン」についてはwiki参照)
そんな米原さんに、女帝「エカテリーナ」にちなんで「エ勝手リーナ様」と名づけたのが田丸さん。

お二人は本当に仲が良かったようで、「シモネッタのデカメロン」では、解説にかえて田丸×米原の対談が収録されています。

更に、文庫版あとがきには「万里と私の最後の一年」と題された、米原さんと田丸さんの、文字通り最後の一年のことが綴られています。

その中で語られた

「類稀な知性と文才を持つ万里の本を読むたびに、私は筆を折りたくなったものだ」

という言葉は、身内びいきの欲目でもなければ、故人を偲んだ美辞麗句でもなく、田丸さんの本音だと思います。

米原さんの文章を読むと、たかだかブログやツイッターと言えども、不特定多数の目に触れる場所で駄文を垂れ流している自分がとんだ恥さらしに思えてきて、その愚かさに消え入りたくなるほどです。「ほど」っていうか、なってる、実際。


「打ちのめされるようなすごい本」は、米原さんが「打ちのめされた」本たちの書評集だけれども、読む者を何より「打ちのめして」いるのは、米原万里さんの書いた文章だと思う私なのでした。



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●米原万里●
9歳から14歳まで少女時代の5年間、現地にあるソビエト連邦外務省が直接運営する外国共産党幹部子弟専用のソビエト学校に通い、ロシア語で授業を受けた。1964年中学2年生の3学期に帰国。
明星学園高等学校を経て東京外国語大学外国語学部ロシア語学科に入学。同大卒業後は東京大学大学院に進学しロシア語・ロシア文学を専攻。同大学院露語露文学修士課程を修了。
ロシア語講師を経て1978年頃よりロシア語通訳・翻訳に従事。
1983年頃からは第一級の通訳として、ロシア語圏要人の同時通訳などで活躍したのち、晩年は、肉体的にも精神的にも負担の多い同時通訳からは身を引いて作家業に専念。
2006年5月25日に他界。満56歳没。
(参考:wiki)

●受賞歴●
1995年 『不実な美女か貞淑な醜女か』で1994年度第46回読売文学賞随筆・紀行賞
1997年 『魔女の1ダース』で1997年度第13回講談社エッセイ賞
2002年 『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』で2002年度第33回大宅壮一ノンフィクション賞
2003年 『オリガ・モリソヴナの反語法』で2003年度第13回Bunkamuraドゥマゴ文学賞


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