「なんかなんか」なキモチ

2008.06.23 Mon | 00:18

c5d3b6f3.jpg


なんだかモヤーっとした、なんだかビミョーーな、少なくとも歓迎は出来きず、それでいてなんと形容すればいいのか分からない気持ちのことを、あたしとお馴染みあいちんの間では「なんかなんか」と呼びます。

「なんかなんか」は、「ピックアップ」みたいな、「リルラリルハ」みたいな、あるいは、ザ・たっちの「ちょっとちょっと」みたいな、そんな音で発音します。

今日はそんな、「なんかなんか」な話。

すーんごい長くなってしまったので続きは追記にて。


追記に行く前に
ブログランキング
気が向いたらクリックおねがいしまっす(ノ∀`*)ゝ

ついでにこちらも★
rankingbanner05.gif
GBCランキング


左下の「拍手ボタン」も訪問ついでに押して行ってくださるととっても励みになります。
気が向いたら是非(´∀`*)

脳内一人サミット会議 | trackbacks (0) | comments (10)

pagetop↑

黒琴線

2008.06.09 Mon | 13:31

おっざいまーす!(小倉さん口調で)

いやしかし思う。
「好きな部分」が多いことよりも、「許せない部分」が少ないことのほうが重要だなと。(毎度の事だが薮から棒)
ちっちゃい許せないこと5コ…いや、ここは譲って10コにしておこう。ちっちゃい許せないこと10コは、大好きかつ素晴らしい長所1つを凌駕してしまう、と思うのです。ちっちゃな許せないこと10コが、素晴らしい長所を色褪せさせるのです。

一番最近の例を挙げると生臭くなりそうなので過去の例を挙げてみる。

あの人…すごい優しいんだけど、使った箸洗わないんだよね…。

とか

あの人…すごい優しいんだけど、自分が電動歯ブラシ使った後、元からさしてあったあたしの歯ブラシを元に戻さないんだよね…。(水道の横に放置してある)

とか

あの人…すごい優しいんだけど、あたしのコンタクトの保存液を消費しまくっといて、「これなくなったら次はオレが買ってくるよ!」とかいう発想が微塵も無いみたいなんだよね…。それどころか、「あ、ボディソープ、きれかけてるよ(だから買っておいて、の意)」とか言い出すんだよね…。

とか。

あ、もう既に、「ちっちゃい許せないこと」3コ(3.5コ?)で、「すごい優しい」という長所を凌駕しています。「すごい優しい」がうらぶれています。
ていうか、長所である「優しい」がとてもうさん臭く見えてくる。
「そもそもさ、そんなちっちゃいことが出来ないって、優しくないんじゃないの?」な事態に。

素晴らしい長所<ちっちゃな許せない事3コ

みたいです。うん。10コ、とかちょっと心の広いフリしてみてごめん。3コで全然足りた。心狭くてごめん。

でー。冒頭の話に戻るのですが、

「好きな部分」が多いことよりも、「許せない部分」が少ないことのほうが重要

というのは、ここ数年の間によく飛び出すようになった話題。なんかこう、特別意識はしていなくとも「婚期」とか「適齢期」とか「いい大人」とかいうワードが柱のカゲからちらちら覗いてる年頃ですから、少なくとも中学生時代のように「好き」だけでは突っ走れない。スキマスイッチの歌う、三ツ矢サイダーのような曲を追い風にして坂道を駆け上がれるほどイノセントではなくなっているのです。仮に進んでみたとしても、辛酸を舐め、泥水を飲み過ぎてやさぐれきった心では、「鬼束ちひろのほうがまだ落ち着く」とBGMチャンネルを変えてしまう事でしょう。(つーてもスキマスイッチ好きなんですけど)

こないだ山田詠美さんの「ご新規 熱血ポンちゃん」というエッセイを読んでいましたら、似たような事が、もっと明瞭に、もっと的確に書いてあった。

よく、理想のタイプは? という問いに、価値観の合う人と答える人がいるが、この場合、好きなものの価値観を意味していることが、ほとんどだろう。
でも、長く続くつき合いは、許しがたいものの価値観を共有した方が上手く行くように思う。



彼氏・彼女という狭い世界での話ですから、こういう場合の「許しがたいもの」は、とても狭く小さいものを指す。当然の倫理や大衆道徳は含まれない。例えば、世界のどっかの国の飢餓とか、原油価格の高騰とか、政治家の汚職とか、それらの「許しがたいもの」は、いわば「最大公約数」であって、リンクして当たり前の事。
リンクする「許しがたいもの」は、小さければ小さいほどに二人の距離を縮めます。
「許しがたいもの」と言うと、大げさだから、「嫌いなもの」でいい。
例えば、自分の好きな男子が、あたしの嫌う女性有名人のことを同じように嫌っていたら「見る目あるーーー!!!」ってテンション上がる。そのくらい小さなもの。

小さな「許しがたいもの」がリンクしない相手と一緒に居ると、非常に疲れる。
些細な事であると自覚しているだけに、その些細なことに腹を立てている自分があまりに小さい人間である気がして(というか、実際小さいのだが)精神衛生上よろしくない。

極端な話、付き合っている相手が社会通念に反するような振る舞いをしていようとも、その振る舞いが自分の持つ「許しがたいこと琴線」に引っ掛からなければあまり気にならない。何巻だったかは忘れましたが、奈々っぺの愛読書、「だめんずうぉ〜か〜」では、「許しがたい」ボーダーラインのことを「黒琴線」と呼んでいました。
お互いの持つ黒琴線に触れさえしなければどれだけ身勝手に振る舞っていようとも自然と折り合いがつくんですよね。

「小さな許せないこと」が厄介なのは、「このくらい小さなことなんだからすぐ改善できるでしょ!?」と思ってしまうから。
1円を笑うものは1円に泣く、然りで
ちっちゃな許せないことを軽視するものはちっちゃな許せないことに泣く、のではないかと思うのです。

とどのつまり、



電動歯ブラシは元に戻せ。




追伸:小さな許せない事に拘り過ぎると見限られるので注意が必要。何事もさじ加減が重要です。





そういえば、稲中全巻セット届きました。
先週末は稲中に没頭して終わりました。
080606_123757.jpg


ブログランキング
気が向いたらクリックおねがいしまっす(ノ∀`*)ゝ

ついでにこちらも★
rankingbanner05.gif
GBCランキング


左下の「拍手ボタン」も訪問ついでに押して行ってくださるととっても励みになります。
気が向いたら是非(´∀`*)


脳内一人サミット会議 | trackbacks (1) | comments (9)

pagetop↑

叙情

2008.05.27 Tue | 03:16

主人公の時田秀美は高校生だが、私は、むしろ、この本を大人の方に読んでいただきたいと思う。何故なら、私は、同時代性という言葉を信じていないからだ。時代のまっただなかにいる者に、その時代を読み取ることは難しい。
叙情は常に遅れて来た客観視の中に存在するし、自分の内なる論理は過去の積木の隙間に潜むのではないだろうか。(ー山田詠美著:「ぼくは勉強ができない」あとがきより抜粋ー)


疲れている時、新しい本を開くのは少しばかり覚悟が要る。
未知の物語を紐解く作業というのは、行った事の無い場所へ行くときと同じで、少しの緊張を伴い、目に映る新しい情報を処理することに体力を要するから。
仮に覚悟を決めて読んだとして、その本が期待はずれだったら、心底ガッカリかつグッタリ。「それでそれで?」と前のめりで聞いていた人の話がまさかのオチ無しでビツ栗。みたいな気分になる。
疲れて弱っている時にベンチャーな本は鬼門。

「なんか…しんどい」そんなときにあたしが開くのは、五感に馴染み、読み親しんだ、自分的「鉄板」の既読本。
しんどくなくてもふらっと本棚の前に立ったときに、ついつい手に取ってしまう本は未読本よりも既読本であることの方が多く、しかも手に取る既読本というのは大体決まっていて、その中の一つが「ぼくは勉強ができない」だったりする。
この本は何度も読み返している本で、あとがきだって何度も読んだ事があるのに、今のあたしにとっていつになく響くのか、「時代のまっただなかにいる者に、その時代を読み取ることは難しい。」という言葉が心のヒダにひゅるっと入って来た。

幸いなことに今もなお後悔を引きずっているような過去の失敗は一つもないけど、それは、良い意味で「あら熱」がとれたからであって、大失敗の直後には「あーしとけばよかった!!」っていう後悔が山のようにあった。今となっては各失敗が発生した当時の、身震いするような切迫感はリアルに思い出せない。「なんだかんだ言いながらなんとかなってるな〜」な、今が残るのみ。

幸とか不幸とか善しとか悪しとか凸とか凹とか必要とか不必要とか、自分を取り囲む環境やバイオリズムの変化、自分が選択して出した答えの合否。
それらは渦中に居る時には分からなくて全て後になって見えたり気付いたり分かったりする。あとがきを引用するなら「叙情は常に遅れて来た客観視の中に存在する」。

最近、何年か前に選んだ事が、結果的にとんでもないミスチョイスだったような気がする…と時間差で思って、ちょっとどんよりしていた矢先、ふらっとマイ本棚から手に取ったこの本。
結婚が決まった人はゼクシイの、妊娠が発覚した人はたまひよのCMが目に止まりやすくなるように、何かに憂いていたあたしには、憂う何かに響くものが目に止まった。
疲れているときのあたしは、「疲れているときの経験」から、その時手にするべき本が何なのか嗅ぎ付けやすいのかもしれません。

いずれにせよ、今この時期にこの本を読み返して良かったと思った。

余談ですが、「ぼくは勉強ができない」とほんの少し登場人物がリンクする「A2Z」もよく読み返す本の一つです。

  


ブログランキング
気が向いたらクリックおねがいしまっす(ノ∀`*)ゝ

ついでにこちらも★
rankingbanner05.gif
GBCランキング


左下の「拍手ボタン」も訪問ついでに押して行ってくださるととっても励みになります。
気が向いたら是非(´∀`*)


脳内一人サミット会議 | trackbacks (0) | comments (6)

pagetop↑

褒めるって難しい。

2008.05.06 Tue | 23:18

毎号ではないけど、たまに買う雑誌、「ダ・ヴィンチ」。

5月号のカバーを飾った蒼井優女史のインタビューが個人的にとても頷けるものだったので引用してみる。


080506_1.jpg

けなすことって簡単だけど、何かを褒めることはすごく難しいと思うんです。たとえば、昨日買ったDVDの映画がすごく良かったんだよって言って、相手にじゃあ貸してよって言われると、"この人は好きかなあ!?"って急にドキドキし出しますよね。私はこれがいい、私はこれが好きですって人に向かって言うのは、自分の価値観が試されるようなことだし、ちょっと勇気がいることなんだと思う。(-ダヴィンチ5月号より抜粋-)



何が嫌か、何が気に入らないか、っていうのは「目に余る」というくらいだから突起してたり突出してたりする。なだけに、すくいあげやすく、すくいあげたものを言葉であらわすのは褒めるよりも容易。なのだと思う。というか、嫌いなものの嫌いな理由は別にどうでもいい。

蒼井女史の言うように、褒める事って、「自分の価値観が試されるようなこと」で、自分が良いと思った文学や音楽を人にすすめる時というのは結構緊張します。
本当に気に入った理由は感覚的なもので、実は自分にもよく分かっていない。だから、それら作品をこちらがすすめる相手が、「なるほど」と思うような理由・魅力をウンウン無理矢理考えて並べたりする。
まあ、でもそういうときに、改めて考えてみて自分でも「なるほど」と思ったりもするのですが。
だけど、もともと「感覚的」に好きになったものだから、「言い得てるね!」と感心されてしまうようなウマイ形容になればなるほど、躍動感のあった「好きー!」っていう思いが薄れて、変に「冷静な好き」になっていったりする。肝心の躍動感が伝えられなかったりする。

この作品は静と動が同居していて…

冷静と情熱の間で…

試合に勝って勝負に負けたような

もしくはその逆のような…

って、

思うわけねー。

思った事ねー。

言った事もねー。(↑なんか並べたかっただけ)


まあしかしあれです。
「好き」だと思うものに対しては、少なからず尊敬の念が含まれているとあたしは思っていて、大げさかもしれないけど、自分が仰いでいるものや胸を焦がしてるものというのは、自分の範疇におさまってくれないからこそ、尊いし、魅力的だし、夢中になる。

それが例えば「人」である場合、何が好きなのか考えてみる。
あたしは大抵「面白い人」や「賢い人」が好きだけれど、自分より賢い人を指して「賢い」と言うことや、自分よりも超絶に面白い人を指して「面白い」と言うのは、自分よりも秀でた対象物に使う言葉としては丈に合わない気がして言い淀んでしまう。

だから褒めるって難しいんだけど、50音でしっかりきっちり「ここが好き」とか言えてしまうようなものなら最初から熱烈に好きになったりしないのかも、とも思ったりします。


にしてもGW最終日、日記に書くような浮ついたことないのか自分。



ブログランキング
気が向いたらクリックおねがいしまっす(ノ∀`*)ゝ

ついでにこちらも★
rankingbanner05.gif
GBCランキング


左下の「拍手ボタン」も訪問ついでに押して行ってくださるととっても励みになります。
気が向いたら是非(´∀`*)




脳内一人サミット会議 | trackbacks (0) | comments (0)

pagetop↑

愛のある生活

2008.03.24 Mon | 10:32

ふと思い出したので書いてみる。

「女子らしい女子」、というよりも「女々しい男」属性であるあたしは、強がってやせ我慢して余裕ぶっこいたていを装いつつも、心の中ではどろどろの活火山を飼っているようなめんどくさい人間です。

好きになった相手の過去を気にしつつ、でも別に気にしてませんよ的に、どんな人と付き合ってたの〜、とモナリザスマイルで(自分的に)、ただの"世間話"として聞いてみたり。

だけど、自分から聞いておきながら、詳細を披露されるとものすごく複雑。時には「そこまで聞いてないんだけど」と完全にふてくされモード。むしろ「聞かれたからって喋ってんじゃねえよ」って相手はポカンの完全逆切れ。
ああ、これ、あの感覚に似ている。

なんだか離れ難い朝、サクサクと仕事へ行く準備をしている相手に「仕事行かないでー」などと甘えておきながら、実際に休まれると「いや、じゃなくて」と思ってしまうあの感覚。「行けよ」と思ってしまうあの感覚。

行かないで、って言っても行ってくれる相手が良いのである。
同様に、過去の話を聞いてもうまくはぐらかしてくれる相手が良いのである。

奈々っぺ史上、相手の元カノ事情を聞き出そうとしたときに、一番好感を持った返し方は

「さあ。忘れた」

でした。

「うそつきー!」とあたしが食い下がっても、ずっと「覚えてないもん」の一点張り。
ほんと女子ってのはめんどくさいもんで(っていうかあたしがめんどくさいもんで)気になるし聞きたいし聞いちゃうんだけど、ほんとは聞きたくない、っていうね。
そしてあたしには刻まれて行くわけですよ。あんだけ食い下がったのに、結局あの人、話さなかったなあ(感心)ってねー。今も、刻まれたまま。


その数年後、逆パターンに当たる。


「で、奈々の元カレってどんな奴?」


その質問の前に、あたしはその人の「元カノ事情」を聞いており、若干の面白くない気分を味わってもいた。だけどあたしはいつかの彼氏と同じようにこう答えたのであります。


「さあ。忘れた」


そう答えて、思った。答えをボカすのは秘密主義だからとかじゃなくて、相手を想ってるからなんだなーって。
だって、自分から聞いてても、答えられると面白くないし、実際そのとき、あたしは先に相手の元カノ事情を聞いて面白くなかったし、だけど、だからこそ、この人には言わないでおこうと思った。

あたしが同じ事を聞いたあの時、相手もそうやってあたしを想いやってくれたのだなと時間差で気付く。

そこでハッとする。
答えをボカす⇒曖昧にする。
曖昧って、決して良い印象を受ける言葉じゃないけど、「曖」って字の中には「愛」が入ってる!!
辞書引くと〔「曖」も「昧」も暗い意〕とか書いてあって、あたしが言ってる事は完全にこじつけだって分かってるけど、たいらな物事に何かと陰影をつけたがる夢見がちなあたしとしては、「曖」に「愛」が入っている事に別の意味を見いだしたい。深読みしたい。

そして思い出す。
スイートリトルライズ」っていう江國香織さんの本の中で出て来た

「人は守りたいものに嘘をつくの。あるいは守ろうとするものに」

というセリフ。

全てを明確にすること・されること、が相手の為・自分の為になるとは限らないんですよね。
余談ですが、昔、再放送の「GTO」を見ていて、ほんとに好きだったらお互いの「嫌いなところ」を10コは言えるはず、とかいうシーンがあって、それを当時付き合ってた彼氏と見ていたので試しに言い合ってみたんですが、その後ガチのケンカになり、それを、その後付き合った人に言ったら大笑いされました。

「なんて生産性のないことやってんの。奈々らしいけど(笑)」

と。
たしかに。何でも言い合うのが正しい、と思ってる人もいるし、それが性に合ってる人もいるけど、少なくともあたしはその部類ではないなと思いました。

聞かれて話さない事は嘘をつく事ではないけど、男女間で何かを曖昧にする時って、何かしら色のついた思いを抱えてはいませんか。
少なくとも、相手に対しての思いが「どうでもいい」ってことはない。

例えば「どんな人が好き?」って聞かれた時。どうでもいい人に対する答え方と、気になる人に対する答え方、変わって来ませんか。

どうでもいい人に対しては、「佐藤浩市みたいな人」とか答えるけど(暗に「お前じゃねえ」と主張)、気になる人に聞かれた場合「え、それ俺じゃないの」と思わせるような答え方をしてみたり。

昔、どっかの住宅メーカー…だったと思うんですけど、とにかく、何かのCMで耳にしたキャッチコピーが「LIFEはLOVEで出来ている」で、語感の良さと語呂の良さが相まって今でも印象に残っています。

もうすぐ4月。旧暦表記だと卯月。
卯月と称される由来は色々あるようですが、あたしが一番好きな説は、『卯月の「う」は「初」「産」を意味する「う」で、一年の循環の最初を意味する』というもの。

大人になってからは、4月になったからと言って新入生が入って来ることもなければ自分の学年が上がるなんてこともなく、身辺で特別大きな変化を感じる事もないのですが、それでも、4月になると「脱皮」したような気分になります。

毎年、2月3月がバイオリズム低下期で鬱々としているからなおさら。
ようやく元気になって来たこの時期、鬱々としている時期には余裕をもって考えられなかった自分の生活にあらためて目を向けてみると、親愛やら友愛やら恋愛やら、そして「曖昧さ」の中にある隠れた愛やら、色んな愛で構築されてる、すなわち、「LIFEはLOVEで出来ている」んだなとしみじみ思うのでした。




3月某日
おなじみあいちんと。
20080324_1.jpg
あいちんなんて「愛子」だもんなー。
あたしのLIFEの随分大きいトコを占める「愛」です。



ストアミックスの方でホワイテックスセール中。
究極のお肌若返りサプリ!ホワイテックス【プエラリアの専門店【プエラリアプラザ」】



ブログランキング
気が向いたらクリックおねがいしまっす(ノ∀`*)ゝ

ついでにこちらも★
rankingbanner05.gif
GBCランキング


左下の「拍手ボタン」も訪問ついでに押して行ってくださるととっても励みになります。
気が向いたら是非(´∀`*)




脳内一人サミット会議 | trackbacks (0) | comments (9)

pagetop↑