ふと思い出したので書いてみる。
「女子らしい女子」、というよりも「女々しい男」属性であるあたしは、強がってやせ我慢して余裕ぶっこいたていを装いつつも、心の中ではどろどろの活火山を飼っているようなめんどくさい人間です。
好きになった相手の過去を気にしつつ、でも別に気にしてませんよ的に、どんな人と付き合ってたの〜、とモナリザスマイルで(自分的に)、ただの"世間話"として聞いてみたり。
だけど、自分から聞いておきながら、詳細を披露されるとものすごく複雑。時には「そこまで聞いてないんだけど」と完全にふてくされモード。むしろ「聞かれたからって喋ってんじゃねえよ」って相手はポカンの完全逆切れ。
ああ、これ、あの感覚に似ている。
なんだか離れ難い朝、サクサクと仕事へ行く準備をしている相手に「仕事行かないでー」などと甘えておきながら、実際に休まれると「いや、じゃなくて」と思ってしまうあの感覚。「行けよ」と思ってしまうあの感覚。
行かないで、って言っても行ってくれる相手が良いのである。
同様に、過去の話を聞いてもうまくはぐらかしてくれる相手が良いのである。
奈々っぺ史上、相手の元カノ事情を聞き出そうとしたときに、一番好感を持った返し方は
「さあ。忘れた」
でした。
「うそつきー!」とあたしが食い下がっても、ずっと「覚えてないもん」の一点張り。
ほんと女子ってのはめんどくさいもんで(っていうかあたしがめんどくさいもんで)気になるし聞きたいし聞いちゃうんだけど、ほんとは聞きたくない、っていうね。
そしてあたしには刻まれて行くわけですよ。あんだけ食い下がったのに、結局あの人、話さなかったなあ(感心)ってねー。今も、刻まれたまま。
その数年後、逆パターンに当たる。
「で、奈々の元カレってどんな奴?」
その質問の前に、あたしはその人の「元カノ事情」を聞いており、若干の面白くない気分を味わってもいた。だけどあたしはいつかの彼氏と同じようにこう答えたのであります。
「さあ。忘れた」
そう答えて、思った。答えをボカすのは秘密主義だからとかじゃなくて、相手を想ってるからなんだなーって。
だって、自分から聞いてても、答えられると面白くないし、実際そのとき、あたしは先に相手の元カノ事情を聞いて面白くなかったし、だけど、だからこそ、この人には言わないでおこうと思った。
あたしが同じ事を聞いたあの時、相手もそうやってあたしを想いやってくれたのだなと時間差で気付く。
そこでハッとする。
答えをボカす⇒曖昧にする。
曖昧って、決して良い印象を受ける言葉じゃないけど、「曖」って字の中には「愛」が入ってる!!
辞書引くと〔「曖」も「昧」も暗い意〕とか書いてあって、あたしが言ってる事は完全にこじつけだって分かってるけど、たいらな物事に何かと陰影をつけたがる夢見がちなあたしとしては、「曖」に「愛」が入っている事に別の意味を見いだしたい。深読みしたい。
そして思い出す。
「
スイートリトルライズ」っていう江國香織さんの本の中で出て来た
「人は守りたいものに嘘をつくの。あるいは守ろうとするものに」
というセリフ。
全てを明確にすること・されること、が相手の為・自分の為になるとは限らないんですよね。
余談ですが、昔、再放送の「GTO」を見ていて、ほんとに好きだったらお互いの「嫌いなところ」を10コは言えるはず、とかいうシーンがあって、それを当時付き合ってた彼氏と見ていたので試しに言い合ってみたんですが、その後ガチのケンカになり、それを、その後付き合った人に言ったら大笑いされました。
「なんて生産性のないことやってんの。奈々らしいけど(笑)」
と。
たしかに。何でも言い合うのが正しい、と思ってる人もいるし、それが性に合ってる人もいるけど、少なくともあたしはその部類ではないなと思いました。
聞かれて話さない事は嘘をつく事ではないけど、男女間で何かを曖昧にする時って、何かしら色のついた思いを抱えてはいませんか。
少なくとも、相手に対しての思いが「どうでもいい」ってことはない。
例えば「どんな人が好き?」って聞かれた時。どうでもいい人に対する答え方と、気になる人に対する答え方、変わって来ませんか。
どうでもいい人に対しては、「佐藤浩市みたいな人」とか答えるけど(暗に「お前じゃねえ」と主張)、気になる人に聞かれた場合「え、それ俺じゃないの」と思わせるような答え方をしてみたり。
昔、どっかの住宅メーカー…だったと思うんですけど、とにかく、何かのCMで耳にしたキャッチコピーが「LIFEはLOVEで出来ている」で、語感の良さと語呂の良さが相まって今でも印象に残っています。
もうすぐ4月。旧暦表記だと卯月。
卯月と称される由来は色々あるようですが、あたしが一番好きな説は、『卯月の「う」は「初」「産」を意味する「う」で、一年の循環の最初を意味する』というもの。
大人になってからは、4月になったからと言って新入生が入って来ることもなければ自分の学年が上がるなんてこともなく、身辺で特別大きな変化を感じる事もないのですが、それでも、4月になると「脱皮」したような気分になります。
毎年、2月3月がバイオリズム低下期で鬱々としているからなおさら。
ようやく元気になって来たこの時期、鬱々としている時期には余裕をもって考えられなかった自分の生活にあらためて目を向けてみると、親愛やら友愛やら恋愛やら、そして「曖昧さ」の中にある隠れた愛やら、色んな愛で構築されてる、すなわち、「LIFEはLOVEで出来ている」んだなとしみじみ思うのでした。
3月某日
おなじみ
あいちんと。

あいちんなんて「愛子」だもんなー。
あたしのLIFEの随分大きいトコを占める「愛」です。
ストアミックスの方でホワイテックスセール中。
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